読書記録 運は遺伝する(橘玲・安藤寿康 著)


本書は、現在の社会を生きる上で能力の遺伝が果たす役割について書かれている。

人々が「運」によって偶然的に巡り合う要素には、個人の「遺伝」も影響を与える。このことを、「行動遺伝学」という学問分野の知識を使って説明する。

本書は行動遺伝学で活躍する安藤氏と、「言ってはいけない」などの作品で知られる作家の橘玲氏との対談形式で書かれている。

本書で紹介する行動遺伝学の知見が、現在ではヒトゲノムを解析する驚異的なテクノロジー「GWAS(ゲノムワイド関連解析)」によって裏づけられていることだ。もはや誰も、この事実(ファクト)から逃れることはできない。

安藤氏による「あとがき」を見ると、当初は橘氏の本にあまり良い印象がなかったようだ。

ベストセラー作家の橘玲さんが「言ってはいけない」で、行動遺伝学を大々的に世間に広めてくれた。・・・そもそも「行動遺伝学の知見は言ってはいけないことなんだぞ、だけどそれこそ暴露しなければいけない真理なんだぞ」という兵衛原始星に偽悪性を感じたし、・・・自分が日ごろ取り組んでいる学問姿勢とあまりに相容れなくて、当惑しつづけた。・・・実のところ「橘玲」の名前は、・・・私が苦手で無関心とするお金儲けの話や、人の心を逆なでするようなタイトルの本ばかり出す人という先入観で、申し訳ないが手に取って読んだことがなかったのだ。

あとがき

研究に取り組んでいる人と、それを紹介する作家という観点の違いがある。一度対談本を出したといっても意見が異なることはたくさんあるのだろうと想像できた。

この本は、対談であり意見は大まかには一致していると思うし、理解しあっている。しかし、全部の論点について見解が一致しているわけではないところが面白いところ。

たとえば・・・米国保守派の特徴は言語能力が低いことではないでしょうか という橘氏に対し、安藤氏はそれほど賛成してないように見えた。

人間が能力を身に着けるにあたって、遺伝的な要因と環境の要因、どちらが重要なのか。本書では遺伝的な要因の重要性を説明している。「生まれつき頭が良い」人間は、現代社会を生きていくには有利だが、「人権」や「平等」、「努力の価値は生まれつきでは決まらない」という価値観とどう折り合いをつけていくか。この点は様々な著書で橘氏が論じてきた、彼の得意な分野であると思う。

本書はその扱っている話題の性質から、子育てや教育に関連した話が多くなっている。

全体的な感想

遺伝学の本なので、一般向けといっても生物学の用語がある程度出てくる。

統計学的な数学的ともいえる概念と、個別の「遺伝の能力を発揮した」人々の事例・体験談が交互に説明される。

個別事例はわかりやすいが、抽象的な概念でわかりにくいものがある。「非共有環境」など。本当に納得するには自分で数理的な理解などしてみないといけないのだろう。

パーソナリティを数値的に表す概念には、IQ、5ファクター、GFP などがあるらしいが、この辺りは一般書のレベルを超えている気がする。

「ビッグファイブに「外見」を加えるのは橘さんらしくていいですね。」

と安藤氏が述べている箇所は同感だった。


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