山川方夫「夏の葬列」は、疎開児童の目から見た戦争を描いた文学であり、教科書に長く掲載され多くの人々が読んだ。
今回は、この作品に関する被害意識と加害意識、そして「加害からの逃避」の構造について、少し掘り下げて考えてみたい。
本物語の中心にあるのは、「彼」が自らの少年時代の行動に抱く罪責感、罪悪感である。「彼」は疎開児童としてある海沿いの町に三ヶ月、在住していた。その時、敵軍の艦載機(飛行機)の機銃掃射に遭遇し、助けに来た2つ年上の少女「ヒロ子」を突き飛ばしてしまった。その結果としてヒロ子は撃たれ、それで死んだのではないかという未確認の恐怖が彼に残っている。戦後を経て十数年が経過し、サラリーマンとなって町に戻ってきた彼は夏の葬列に遭遇し、その写真はヒロ子であった。そうして、ヒロ子は一度は生き延びていたことが判明する。「彼」は、自分が人殺しではなかったという解放感を感じたが、直後に周囲の会話から判明した事実は、ヒロ子の母が娘の死をきっかけに狂気に陥り、長年の果てに自殺したということであった。娘は「彼」が突き飛ばしたときに艦載機に撃たれて死に、それをきっかけに発狂したヒロ子の母も十数年の発狂を経て死んだのである。「彼」が遭遇した葬列の写真のヒロ子は、実際には彼女の母親が若い時分の写真であった。こうして、免罪されたかに見えた「彼」の「加害感覚」は、結局、別の形で被害の連鎖へと回収される。

この物語は、現実感のある体験記録というよりも「心理実験の舞台」というべき人工性に満ちている。芋畑、白いワンピースの少女、疎開児童、葬列といったモチーフは、現実の偶然性の産物というよりも、倫理的な思考実験を効果的に作動させるために配置された要素である。この人工性は、読者を「もし自分が彼ならどう考えるか?」という問いへと巻き込む。
同時にこの人工性は違和感の源泉でもある。「葬列」に二度も偶然に遭遇する偶然、「彼」が十数年ぶりに戻ってきた町でたまたま「ヒロ子」の母の葬儀に遭遇するという偶然。ひつぎに置かれている写真が、たまたま「ヒロ子」の母の若い時代であり、「彼」がその面影を見てすぐに、ヒロ子だと確信できるという要素、これらは明らかに作られた舞台としての物語であり人工性の産物である。
登場人物の配置もまた、この装置性を補強している。白い服の少女は「無垢でありながら目立ちやすい」という記号的役割を担う。一人娘という設定は、母の狂気を必然化する。葬列は「死と記憶の再演」を視覚的に示す。いずれも現実的偶然ではなく、心理的効果を最大化するために意図的に設置された属性である。山川は、戦争体験を「抽象化された実験空間」として再構成し、読者に思考実験を強いるのである。こうして、作者は「彼」と「ヒロ子」の関係を通して、戦中の日本における、被害・加害の構造を抽象化して描こうとしていると見るべきであろう。
さて、ここで重要なのは、「被害責任」と「加害責任」の両方が時間の流れの中で希薄化していく構造である。まず被害責任を考えると、ヒロ子の死や彼の恐怖は、艦載機の機銃掃射という直接の出来事に端を発している。しかし原因をさらにさかのぼれば、それは米軍の軍事行動であり、太平洋戦争という国際的な衝突であり、日本の侵略政策であり、さらに言えば近代国家間の力学や帝国主義の帰結でもある。因果の源流をたどればたどるほど、個人の恨みや糾弾の矛先は拡散し、最終的には「歴史の必然」「自然災害のような不可抗力」へと変質してしまう。個人にとっては甚大な被害であっても、社会的にみれば「不可避の戦争の一局面」にすぎない。このとき被害責任は誰に帰属するのかが不明確となり、個人の怒りや悲しみは宙吊りになる。
一方、加害責任もまた、結果の連鎖をたどるうちに希薄化していく。彼はヒロ子を突き飛ばしたが、直接的に殺したわけではなかった。彼女は重傷を負い、死亡し、娘を失った母が狂気に陥り、ついには自死に至った。このとき「「彼」がヒロ子を突き飛ばした責任」と「母が自殺した事実」とのあいだには、長い時間と多くの媒介が横たわる。彼の罪責感は現実的な因果から切り離され、やがては「妄想」「悪夢」でしかなくなる。加害責任の連鎖を結果の側からたどってゆくと、それは誰の責任とも言えない「不幸な出来事」へと変容してしまうのだ。
こうして、被害責任と加害責任の双方は時間のなかで薄められ、最終的に「不可抗力」と「不可解な悲劇」という二つの言葉で処理されてしまう。これは単に主人公の心理の問題ではなく、戦後日本人一般の「庶民的感覚」を体現していると言えるだろう。
すなわち、「自分は戦争の被害者である」という感覚を強調する一方で、「自分は戦争の加害者ではない」と思いたいと希望する(が、実際には加害者でもあることを知っている)という姿勢である。
ここで、「艦載機」の役割にも注目したい。ヒロ子を撃った直接の加害者は米軍の艦載機である。作中では彼らの行動が軍事的にどう正当化されるか、なぜ攻撃対象になったのかは一切説明されない。艦載機は顔のない暴力の象徴、説明不能の悪として現れる。このため、彼の罪責は相対的に軽減され、ともすれば読者は「悪いのは艦載機だ」という単純な感情へと導かれる。しかも「艦載機の正当性は語られない」ため、戦争の複雑さは削ぎ落とされ、「米軍による理不尽な暴力」という印象が強調される。なぜこの町が「艦載機」の攻撃対象になったのだろうか?艦載機の正当性を説明せず、また疎開児童である「ヒロ子」や「彼」を被害者にすることによって、その先にある、例えば日本の侵略政策といったような「加害性」に思いが及ぶことを回避している。ここで、たとえば被害者が「兵器工場で弾薬を作っていただけの、罪のない」一般成人男女であったりする場合と比較すると興味深いかもしれない。

さて、このとき忘れられているのは、戦後を生きる主人公自身も「加害の持続」の中にあったという事実である。彼は戦後サラリーマンとして社会に組み込まれ、朝鮮戦争の特需や中東、東南アジアの紛争にも関与した日本経済の担い手でもあった。民主国家の一員として、間接的に世界の戦争加害に広く加担していたのである。それにもかかわらず、物語のなかではその側面は完全に不可視化され、彼は一貫して「過去の戦争」における「被害者としての自己像」の中にとどまる。ここに、戦後日本社会に広く共有された「加害からの逃避」の感覚が映し出されている。
そして、この短編は一見すると「加害責任の物語」のようでありながら、実際には「被害感覚の物語」として収束している。ヒロ子を突き飛ばしたという罪責感は、結局のところ「戦争によって自分は不当に苦しめられた」という被害者意識の裏返しにすぎない。加害を語ることで被害を強調し、被害を語ることで加害を相対化する。この「加害からの逃避」の論理こそが、『夏の葬列』という短編の真の装置である。
結局、この短編を貫くのは、「被害責任も加害責任も、いずれにせよ個人には負いきれない」という無力感である。そしてこの無力感は、「自分は加害者ではなく、むしろ戦争の犠牲者だ」という庶民的感覚へとつながる。戦後日本社会において、多くの人々が「自分は被害者である」と語ることに安住し、「自分は加害者でもある」という視点を避けた。その心理を文学的に最も端的に示したテキストのひとつが、この「夏の葬列」である。だからこそ読後に残るのは、戦争の惨禍そのものへの怒りよりも、むしろ「責任を問うことができないこと」への虚しさであり、同時に「自分もまた巻き込まれた一人でしかない」という安堵でもある。
ここにこそ、この短編の魅力と問題点がある。戦争責任を正面から問うのではなく、責任が拡散していくさまを「装置」として提示する。その結果、読者は「加害から逃避する庶民的感覚」のなかに巻き込まれつつ、自分自身の立場を省みる契機を与えられる。
現代的読み方としては、21世紀の民主国家に暮らす私達の現状について考えてみたい。現在を生きるわれわれは、国家の政策にも選挙や言論その他の方法で関与することができるわけだから、世界のどこかの「加害」には、希薄化されているとはいっても、少しずつ責任を負っているわけである。「彼」や「艦載機」のように「直接、肉体を突き飛ばしたり、銃撃したりという形での加害」をしたかどうかで喜んだり憂えたりするのではなく、「とても希薄化した責任」を、皆んなで共有しているのだということを、たまには思い出してみるのも良いのではないだろうか。


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